有史以来人類の性であろう“煽り“に徒然に思う事
いつの時代もどこかの誰かが何らかの目的で学者や作家、ジャーナリスト、著名人を使い彼らの独占する舞台(新聞・雑誌・映像等々)で大衆を扇動し、熱の煽りを繰り返している。

現在はインターネットの普及で誰でもが何処にいても意志があれば多種多様な情報を得る事ができます。
しかしながら玉石混合の雑多な情報から“玉石“を得るにはどうすればよいだろうか?
確かに量的な知識を短時間で得るが故に、知を織り成す思考の欠落があるのではないでしょうか。ネット右翼、ツイッター引籠り右派はどうだろうか?

右派は一人の知識に籠り勝ちで、左派の単純な煽りの屁理屈に巻き込まれ孤立していたのです。左派の俗物論争に引き摺り込まれ続けていたのです。真面目なのですね。

戦後の60年安保、原水禁、全共闘、ベ平連、原発廃止、安保法制反対のスノビイズムはその現れです。
ソ連崩壊により拠り所を失った進歩派(階級闘争史観)らが人権派弁護士達である。アメリカ発祥の人権が、進歩派のいう搾取・差別と合体したのだ、しかし対中共には口を噤んでいる。

怒られそうですがGHQが創作した“戦後の物語”を左派と一緒に楽しんでいた節があります。日本国中に“カッコイイアメリカ”がTV、映画、音楽で溢れていたのを覚えてます。
しかしながら、もう70年も経ち“戦後の物語”のほころびが目立ち始めたようです。

国家は国民一人ひとりが支えているのですから、“戦後の物語”のおかしいを日常で取り戻すことが「日本を取り戻す」こと考えます。

北朝鮮の拉致、在日特権(難民問題)、教科書、慰安婦、尖閣諸島、強制連行等々・・・・・・・・の問題は“おかしい”が始まりのはずです。

北海道博物館は“おかしい“が始まりです。彼らの「日常での煽りの物語」から「正常な物語」に取り戻す事です。まめに”おかしいに“向き合うことです。

“煽り“は一過性の熱ですが、発熱させない為には根絶させるまで繰り返し大衆に知を織り成す事ではないでしょうか。
煽りの熱に打ち勝つには取り戻す熱意の高さに拠るのではないでしょうか
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