2014.12.19 集団自衛権
集団自衛権
高山正之氏のコラム「変見自在 2014-6-19号」

1(前略)破壊され尽くした露艦隊に戦意はなかった。「白旗をマストに、艦尾には日本の旭日旗を掲げて降伏の意を示した。プリポイ(露戦艦アリヨール水兵)は敗北の原因について日本海軍の抜群の強さと対する露将兵の低い士気を挙げている。
露艦隊はマダガスカルを出てインド洋を横切りマラッカ海峡から仏印のカムラン湾まで約2か月間、どこにも寄港できなかった。そのカムラン湾も仏艦がきて追い出され、漂泊して過ごした。全舷上陸して英気を養うこともなく、そのまま戦場に入った。彼らは身も心も倦んでいた。

2 なぜ寄港できなかったか。日英同盟ゆえだ。第三国が露に支援したら、規約に従い英国はその国に軍事制裁することになる。英はこれを脅しに露艦隊のスエズ通過を阻み、寄港地の国々に干渉した。どの国も英国と戦争する気はない。露艦隊はどこからも石もて追われた。

3 一方、英のロイター通信は日本に露艦隊の情報を提供し、対露宣伝戦も展開した。日露の戦況は世界に流され、ロシア人は落ち込み、逆にビルマ人もイスラム社会も興奮し、白人国家には想定外だったが、第三世界の民族意識も高めた。それほどの宣伝効果だった。
日本が勝てた要因の少なくとも3割はこの日英同盟のおかげだった。

4 もちろん英国が戦争すれば日本は義理を返す。第一次大戦に日本も参戦し、青島の独要塞を叩いた。地中海にも巡洋艦明石以下18隻が出て、Uボートから連合国軍側の艦船を守った。勇敢な救難活動は高く評価され、マルタ島にはその顕彰碑が今も残る。

5 日本嫌いの米国はこの同盟を快く思わなかった。ワシントン会議では「日英同盟に対抗し戦艦比率を米8英5日3にする」と脅して、同盟を破棄させた。
日本が孤立するとすぐ独逸が支那に最新の兵器と軍事顧問団を送り込み、強くなった蒋介石軍を2度も日本にけしかけた。上海事変である。

6 米も独に倣う。杭州に飛行学校を建て、米国製の戦闘機を供与し、ジョン・ジュエットら教官団を送って支那空軍の養成を始めた。しかし支那人に操縦は無理と分かるとF・ルーズベルトは現役の米空軍操縦士を義勇兵の名で大量に支那に送り込んだ。フライングタイガーと呼ばれた。

7 上海事変は一次も二次も本ものの戦争だった。ただ、日本が戦争だと言えば、中立国米国はそれをロ実にすぐ石油禁輸に出た。だから「事変」としか言えなかったが、もし日露戦争当時の日英同盟が生きていれば、話は違った。蒋介石が攻めた段階で日本はすぐ宣戦できた。日英同盟が直ちに機能し、蒋の軍の作戦指揮まで執っていた独に英国はすぐ宣戦しただろう。

8 空軍を送り込んだ米もまったく同じ立場になる。言い換えれば日英同盟があれば危険な米国ですら日本には手出しはできなかった。

9 日本は日英同盟を廃して自国一国だけでは国を守れないことを知った。いや一国で十分と愚かな山口那津男は言う。お題目の合間でいいからプリポイの本を読んだらどうか。
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