2014.12.08 12月8日
「鮮明な冬」   高村光太郎

黒船以来の総決算の時が来た 民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら 彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し 彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり 一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である 山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬である

ミズリー
真珠湾攻撃の真実
「アメリカの鏡・日本」ヘレン・ミアーズ著/伊藤 延司(翻訳)
「ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕」チャールズ・A・ビーアド著/ 開米潤 , 阿部直哉 (翻訳)
【ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言】ハミルトン・フィッシュ:著/渡辺惣樹(翻訳)
【アメリカはいかにして日本を追い詰めたか~「米国陸軍軍略研究所レポート」から読み解く日米開戦】ジェフリー・レコード:著/渡辺惣樹(翻訳)
「日米開戦の悲劇」ハミルトン・フィッシュ著/岡崎久彦(監訳)
【アメリカの「慰安婦」騒動を解決する決定的ロジック】渡辺惣樹「正論」2014年1月号

 日米開戦については、知日派で知られるアメリカのケビン・ドーク氏も、「正論」2013年9月号の対談記事でこう述べています。
【国際法上、日米戦争の始まりは日本の真珠湾攻撃ではありません。それは、1941(昭和16)年7月のルーズベルト大統領による日本の在米資産凍結です。これは当時の国際法では「戦争行為」にあたります。アメリカでは批判される見解かもしれませんが事実です。
 ですから、法律的には、真珠湾攻撃は日本の防衛行為だと解釈されます。日本はもともとアメリカを攻撃したくはなかったのに、ルーズベルトが仕掛けた。ただ、彼も日本と戦いたかったのではなく、国民の意識をナチス・ドイツとの戦いに向けようとしたのです。】

 ほかに、1946年に連合国占領軍最高司令部の諮問機関のメンバーとして来日したヘレン・ミアーズも、1948年の著著「アメリカの鏡・日本」 の中でこう述べています。
【パールハーバーはアメリカ合衆国の征服をたくらんで仕掛けられた『一方的攻撃』であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。】
☆読了して今までの私達自身が教えられ学んできた日本近現代史、とくに日中戦争から太平洋戦争にいたる背景と過程に関しての認識がいかに一方的な史観に基づいていたのかということを痛感させられた。
 一方的史観というのはわれわれ多くの日本人が戦後十数年にわたって教えられ信じてきたある意味での反省史観あるいは自虐史観であるが、それはまさに米英の、特にアメリカのアメリカとしてのパワーポリティックスに貫徹された史観であったことが本書では語られる。
 驚くのはそれを指摘している本書の著者がそのアメリカ占領軍(正確には連合国最高司令官総司令部の諮問機関)のメンバーであり、なおかつ本書が出版されたのが1948年(昭和23年)という戦後文字通り間もないときであったということである。マッカーサー司令部から発禁処分にされたというが、その内容はまさに司令部がそうせざるを得なかったであろうそのような全く新鮮な、またアメリカにとっては誠に都合の悪い歴史認識である。
 それほどに本書は米国人が著したとは俄かには思えないほど冷徹に太平洋戦争の要因に迫る。私は読み進めながら何度もこれは日本人が米国人を装って書いたのではないかとの強い思いに襲われた。
 不思議なぐらい自分達米国への厳しい視点と日本へのシンパシーに満ちているが、戦前著者は日本に住み、また中国にもいた経歴の持ち主であることがその要因にはあるのだろうか?それにしても日本の中世から近代史への認識も含め驚嘆するほど整理され刺激に満ちているがわれわれ日本人自身があまりにも自らの歴史知らなすぎるのであろう。少なくとも私は多くの新しい歴史認識を持つことができた。
 
 それよりも驚くべきはそれが戦後数十年経った今ですらなかなか持ち得ない、新鮮で囚われのない歴史的、民族的、さらには経済社会的な視点と鳥瞰をもってあの戦争の不幸な経緯を捉えていることではなかろうか。
 日本人として本当に残念なのは、著者の主張に同意するかどうかはともかく、何故今までわれわれ日本人がこのような視点であの不幸な戦争の背景と不可避的な経緯を一視点としてすら持ち得なかったのか、ということである。  それほどまでにある意味では戦前、戦後を通じての米国の用意周到な「歴史創り」が効を奏しているのかもしれない。
 われわれは今、戦後長らくの間当たり前になってしまった「敗者」をそろそろいい加減に払拭し、自分達の歴史的存在をあらためて認識した上でこれからの自律的な国際関係を構築していくべきであろうが、その契機になる重要な一つの視点を与えてくれる書である。
 
 多くの議論と反論を覚悟する必要があるがそのような試練を経て新しい地平を切り開く必要が今の日本には必要である。
 戦後、たった3年を経ただけで著された本書が50数年を埋もれながらも再び(あるいは初めて)その存在意義を見い出したのではなかろうか。
 
同じ1948年に、やはりルーズベルトを批判した勇気あるアメリカ人がもう一人います。
 チャールズ・A・ビーアドという歴史家で、「ルーズベルトの責任 〔日米戦争はなぜ始まったか〕」 の中で、【戦争責任を問われるべきは日本ではなくルーズベルト大統領だ。】と述べています。
☆1948年、第二次大戦が終わり、ヨーロッパ、太平洋戦線での勝利と世界第一の大国となった誇りの中で、英雄化された大統領を「戦争責任者」として告発した本書は驚きをもって迎えられた。アメリカ史の第一人者であった著者には、ただちに轟轟たる非難が浴びせられ、侮蔑と揶揄の中で碩学は死去した。当時、32万の若者の生命の犠牲のもとに、ナチスドイツと日本、イタリアを打ち破り、「民主主義の勝利」をもたらした功績は、「大統領F.ルーズベルトの卓越した指導力の賜物」と世間は考えていたからである。
歴史家C.A.ビーアドは、第一次大戦当時の公文書を分析し、政府が政策として語る公的な言葉と、実際に行う政策との間に大きな隔たりがあることを認識していた。ベルサイユ体制におけるW.ウィルソンの欺瞞とその後の国際政治への幻滅は、彼の同時代を見つめる眼差しを限りなく深く、鋭敏なものにしていたように思われる。原題にさりげなく付け加えられた“Appearances and Realities”という言葉は、実は、彼の同時代の政策を分析するキーワードだったのであろう。
「外観(アピアランス)」と題された「第一部」は、内容で言えば「参戦しないことを公約に掲げて三選されたルーズベルトのディレンマ」「『中立』を脱する(イギリス等への)武器貸与法という抜け穴」「ドイツを挑発する(アメリカ参戦の口実作りの)パトロール行動」「チャーチルとの大西洋会談の外観」「日本との外交関係の見せかけの姿」「真珠湾での敗北の責任を現地司令官に負わせる」といった大統領三期目の1941年に起きたことを、議会での議員との生々しいやりとりや新聞報道によって公的に説明された言葉と、その一方でルーズベルトの真意がどこにあったのかという疑問とともに紹介していく。
そして、「第二部」の「実態(リアリティ)を明らかにする」で、「第一部」で示していた疑問と真実をより明確にし、ルーズベルトの真意がアメリカを「連合国軍」に参戦させるために日本を巧みに日米戦争に誘導していくことにあったことを証明しようとする。
1941年に始まる「大東亜戦争(太平洋戦争)」は、日本の軍部が独走して起こした戦争ではない。日本の民主主義が成熟していなかったために起きたものでもない。(民主主義は、その本質がポピュリズムである以上、人間の知性がいつでも不十分であるように、いつでも未熟である)
ビーアドは、「過去アメリカの100年間の太平洋政策の帰結が、日米戦争だった」と述べるが、それも真実の一つであろう。
この書物は、過去の歴史を誠実に探究し学んでいくことが、現在の国際・国内政治の真実の姿を洞察する力を与えてくれることを教えてくれる。もちろん、熱狂の嵐の中で冷静な分析を示すことは世間の常識から離れることも覚悟しなければならない。しかし、ビーアドの廉直さと挑戦は、一読書人にも特別な勇気を与えてくれるのではないだろうか。
 なお、フィッシュ議員とルーズベルト大統領の確執については、渡辺惣樹氏が翻訳を手がけた以下の2冊に詳述されていますので、興味を持たれた方はどうぞ。

★【ルーズベルトの開戦責任: 大統領が最も恐れた男の証言】 (原著:ハミルトン・フィッシュの1976年の「FDR: The Other Side of the Coin.」。2014年9月11日発行)
☆元共和党有力議員が、米国民の8割が戦争に反対するなか、領土交渉でポーランドに強硬姿勢をとらせることで〝裏口〟から対独戦に参戦、さらに対日最後通牒(=ハル・ノート)を議会に隠し通して日米開戦に踏み切ったとしてルーズベルト大統領の責任を追及。ヤルタ会談ではスターリンに全面的に譲歩し、戦後の冷戦構造、共産主義独裁国家を出現させたと痛烈に批判する。第2次大戦史に修正を迫る注目すべき証言!

★【アメリカはいかにして日本を追い詰めたか~「米国陸軍軍略研究所レポート」から読み解く日米開戦】 (原著:ジェフリー・レコード氏。2013年11月21日発行)
☆1941年、ヒトラーとの戦争のきっかけを待ち、日本との戦争は想定外だったルーズベルト米大統領は、石油等の全面禁輸の経済制裁で日本の南進を阻止できると考えた。だがこれによって日本は、明治以来拡大してきた領土をすべて手放し米国経済に完全に組み込まれるか、戦争かの究極の選択を迫られ、結果、真珠湾攻撃に踏み切ることとなった。日米開戦の責任の一端は米国外交の失敗にあったとする陸軍戦略研究所の分析に、日米近現代史研究家渡辺惣樹氏が詳細な解説を付す。

※参考文献
・ハミルトン・フィッシュ/岡崎久彦監訳「日米開戦の悲劇」PHP文庫 (下記動画から孫引き)
 http://www.youtube.com/watch?v=LAaVY_RCkmM
 http://www.youtube.com/watch?v=XaDSy0J_YTQ
・渡辺惣樹【アメリカの「慰安婦」騒動を解決する決定的ロジック】「正論」2014年1月号
 この論文は慰安婦問題がメインですが、ハミルトン・フィッシュについても解説されています。慰安婦問題の箇所は、拙記事14/7/12付にて紹介しました。

ぼやきっくり (http://kukkuri.jpn.org/boyakikukkuri2/log/eid1652.html)より
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