新聞報道に依ると菅長官が『朝鮮総連副議長の再入国、禁止できない… 』
菅長官 !! 歴史に学ぼう!!
はじめに日本語を正しく!例:合邦⇒併合、輿論⇒世論
【併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達】を読み返す! 注:併合⇒合邦
一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。
二、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。
三、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。
四、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。
五、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を 英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。
六、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。
七、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。
八、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。
九、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。
十、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。
十一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に 警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。
十二、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。
十三、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。
十四、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。
十五、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大音声で論破し沈黙せしめよ。
十六、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。
最後から二番目の「朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと」というのはまさに現在の状況です。
【韓国人が答えられない25の歴史的問題点】 注:併合⇒合邦
Q01. 5000年前に存在したという熊太郎(壇君)神話を実話として教科書で教えている。
Q02. その一方で、神話を教えようとする日本側の教科書を「軍国主義復活」と言って韓国は内政干渉無視で抗議を行っている。
Q03. 任那日本府の存在を認めている「日本書紀」の「任那」以外の部分を韓国の歴史学者は古代朝鮮研究で引用している。
Q04. 前方後円墳は日本発祥であるが、その前方後円墳が韓国でも発見されている。年代測定によれば日本の古墳の後に韓国側の古墳が創られていることが分かっている。つまり、古代朝鮮において日本の豪族なり有力者が当地に影響を及ぼしたか、支配していたかとなるのだが、韓国ではその前方後円墳の発見自体を無かったことにしようとしている。
Q05. 元寇を日本征伐などと表記し、朝鮮が日本を侵略した事実を全く教えていない。
Q06. 特に元寇(日本征伐)の際に、高麗軍が対馬などで行った虐殺・虐待行為について韓国人は全く触れようとしない。
Q07. 元寇(日本征伐)後に、倭寇が誕生しているが初期倭寇の多くは高麗軍によって生き地獄を味わった対馬などの住民である。
Q08. 当然朝鮮に対し復讐心を燃やし、また高麗によって交易を停止された経済的理由から倭寇が暴れ回ったのだが、それについて韓国では全く教えられていない。
Q09. 「世宗実録」28年の項によれば、倭寇の多くは倭人を騙る朝鮮半島住民であり、日本人の倭寇は全体の1~2割に過ぎないと記されている。
Q10. 上記「世宗実録」は原文は漢文で書かれているが、ハングルで出回っている現在の「翻訳本」にはこの部分が欠損している。
Q11. 秀吉の朝鮮出兵で多くの文化物が破壊されたと言っているが、韓国の教科書ではそれより前の蒙古との戦いで多くの文化物が失われたと書かれている。
Q12. また秀吉の朝鮮出兵のそもそもの原因は「日本征伐における高麗軍の残虐非道な行為による日本側の恐怖であった」と李朝後期に安鼎福が書いた「東史細目」に書かれているが、もちろんこれも韓国では教えられていない。
Q13. 秀吉が多くの文化物や史跡を破壊したというが、朝鮮では古来より王朝・政権が変わると先の王朝・政権に関わるものは徹底的に破壊するという野蛮な風習があった。これに関して韓国人は何も答えようとしない。
Q14. また、特に仏教寺院に関しては李朝時代に徹底的な迫害を受け、寺院が破壊された事実があるのにそれも韓国では秀吉のせいにしている。
Q15. 上記補足として、暴君として知られる李朝燕山君(在位1494~1506)は、名刹円覚寺を破壊してその跡地に妓生(キーセン)の養成所を建てたのでも有名である。
Q16. 李朝末期の様相は地獄であった。これは当時の朝鮮知識人や朝鮮を訪れた欧米各国の人間が一様に書いているのに、韓国では全く教えられていない。
Q17. 上記と重なるが、李朝末期の混乱・腐敗・不正が後の日本による朝鮮併合と混同されて韓国では教えられている。
Q18. まずもって、朝鮮併合は「植民地」ではない。国際法に則った形で結ばれた「併合条約」であり、韓国人の言う強制的に植民地にされたのではない。
Q19. 国際法に則った条約であった証拠に、現在に至るまで韓国が「日本の不法な暴力による条約の強制」と非難しその無効を訴えているが、世界各国どこもまともに取り上げていない。一旦締結された条約を否定することは国際法・及び世界の慣例に反している。
Q20. 朝鮮併合時に日本が莫大なインフラを投下し、結果としてそれが朝鮮の近代化に繋がったのは明白なのにそれを認めようとしない。
Q21. 朝鮮併合時に韓国人が一番口にする「人類史上最悪の搾取と悪行」であるが、その日帝36年の間に韓国は経済総生産量の増加、何よりも人口が倍増しているという韓国側の主張とは完全に矛盾した事実を韓国人は説明できない。
Q22. 朝鮮併合時に朝鮮総督府がハングルを奨励し、ハングルを公用文字化した事実を韓国では教えていない。若しくは事実が隠蔽されている。
Q23. 戦後、日韓基本条約締結により日本は韓国に有償・無償・民間拠出から8億ドル(当時)もの巨額の賠償金を払っていることを韓国人は知らされていない。また、日本の首相が韓国へ行くたびに「謝罪」をしているが、それすら韓国人は認めない若しくは受け入れようとしない。日本国民1億3000万人に土下座して謝罪しろとでも言うつもりなのか?
Q24. 韓国では古来より「竹島」(韓国名、独島)の存在が知られていないことは事実(過去の朝鮮の地図に「竹島」(韓国名、「独島」)は出てこない)なのに、「朝鮮古来よりの領土」と主張する矛盾。
Q25. 日韓友好と言いながら日本を誹謗中傷する反日教育を改められない韓国の現状。

【朝鮮人が認められない歴史的事実一覧(集計)】 注:併合⇒合邦
1、米作が九州から朝鮮半島に伝わったこと
2、唐辛子が日本から朝鮮に伝わったこと
3、半島南部の先住民が倭人であること
4、新羅の建国時の宰相が倭人であり、王家の二つが倭人系統であること、また始祖の朴赫居世についても倭人説があること
5、百済、新羅が大和朝廷に対し従属的地位にあったこと
6、大和朝廷による伽耶地域の支配(半島南部における多数の前方後円墳の存在)
7、半島における文化的独自性の欠落(あらゆる分野での古典の不在)
8、常に属国として歩んできた歴史
9、姓が中国文化の影響を受け、みずから改名し、中国語氏名であること
10、朝鮮征伐が日本と明との戦争であったこと(李朝の軍は明の将の指揮下に入り、和平交渉も日本と明の間で行われている)
11、朝鮮通信使が実質的に朝貢使節であったこと(琉球の江戸上りと同じ)
12、オンモン(朝鮮文字)がパスパ文字、契丹小字をもとにしたものであり、しかもカナより600年遅れて作られたものであること
13、朝鮮半島の国王が、中国の地方長官の地位でしかなかったこと
14、清朝から、李氏朝鮮が琉球よりも格下に扱われていたこと
15、李氏朝鮮の前の高麗では、元の命令で、王妃が代々モンゴル人であり、モンゴル人の母親から生まれた息子しか国王になれなかったこと
16、朝鮮半島の国が、歴史上一度も、単独では戦争に勝ったことがないこと
17、朝鮮民族が雑多な民族の集まりであること
18、ハングルで表記できない発音がいくつもあること
19、チマチョゴリが、胸を露出して着る衣装だったこと
20、朝鮮半島に唐辛子が広まったのは、塩が手に入らないから、塩の代わりの調味料だったこと
21、李氏朝鮮の時代に、木を丸くする技術がなくて、二輪車がなかったこと
22、秀吉が朝鮮に出兵した時に、秀吉側について明と戦った朝鮮人がたくさんいたこと
23、馬に乗って戦っている倭寇がいて、日本人じゃない倭寇がいたこと
24、王仁博士の出身地に、王仁博士の一族の末裔も王という姓の人もいないこと
25、竹島は、過去に一度も朝鮮半島の国のものになったことがないこと
26、テーブルで焼き肉を焼く料理法は日本から韓国に伝わったこと
27、文盲だった朝鮮人にハングルを教えさせてハングルを広めたのは日本人であること
28、高麗の時代には、済州島は元の直轄地であって、済州島が元の領土であったこと
29、朝鮮戦争前はむろん、朝鮮戦争後もずっと、韓国人は白米を常食にできなかったこと
30、朝鮮半島の国は中国の国に朝貢するにも朝貢する文物がないので女性を献上したこと
31、李氏朝鮮の外国からの莫大な借金を、日本が代わりに払ってやったこと
32、李氏朝鮮(大韓帝国)の李王家の帰国を韓国は拒否して李氏朝鮮と韓国は別の国であるので、今の韓国人に韓国併合のことは言及できないこと
33、捏造は永遠に続く

【地図の上に朝鮮国をくろぐろと墨を塗りつつ秋風を聴く 月刊日本3月号 巻頭言南丘喜八郎】
明治四十二年(一九〇九)十月二十六日、大阪毎日新聞の号外は「伊藤公遭難」の見出しで、次のように報じた。
〈伊藤公爵は、本日午前九時、長春より露国特別列車にてハルピンに着し、出迎えた露国蔵相と汽車中にて約三十分会談の後、プラットホームに出た。整列した露国軍隊の前の最右端に立った鼠色背広に鳥打帽の年頃二十二、三歳の韓国人が七連発の短銃を公に向け、わずか二メートルの距離内より狙いを定めて発砲した。公は自若として「ヤラれた。三つばっかり弾が入ったようだ」と語りしが、やがて言語不通となり、午前十時落命した。〉
 
 維新の元勲伊藤博文暗殺さるの衝撃的ニュースは、世界中を駆けめぐった。犯人の安重根はその場で逮捕、旅順の関東州都督府裁判所に連行され、訊問が始められた。安は、この時三十歳。幼少の頃から狩猟に熱中し、射撃の名手だった。父安泰勲は若くして科挙に合格、開明派の朴泳孝、金玉均らが立憲君主制樹立を目指した甲申事変(明治十七年)に加担し、成功すれば、日本へ送り出される留学生候補の一人であった。
 安重根は逮捕後も泰然自若とした態度に終始し、訊問に対して、「私の目的は韓国の独立と東洋の平和の維持にあって、伊藤を殺害するに至ったのも私怨より出たのではなく、東洋平和のためだった」と、堂々と答えた。安は日露戦争を高く評価していた。獄中で執筆した『東洋平和論』に、こう記している。
 「日露開戦は黄白両人種の競争というべきものであり、仇敵の心情がたちまち消え、快なるかな、壮なるかな、数百年来、悪を行い続けてきた白人種の先鋒が鼓を一打しただけで大破してしまったのであり、千古に稀な事業として万国で記念すべき功績であった。この時、韓清両国の有志ははからずも自分たちが勝ったように喜んだ」
 しかし、日本は日露戦争に勝利すると、伊藤博文が主導して「保護条約」で韓国の外交権を奪い、ハーグ密使事件が起こると高宗を退位させ、内政全般を日本の管理下に置いた。韓国各地で一斉に日本に対する義兵運動が起る。 義憤に燃えた安は二十八歳の時(明治三十九年)、郷里を後に満州に逃れ、山岳ゲリラに参加した。そこで組織された「連合大韓義軍」の参謀中将に選ばれ、各地で日本軍を襲う。この間、安は伊藤博文こそが大韓独立を阻害する元凶だと確信し、伊藤暗殺を決意する。その後、ウラジオストックに亡命した安は韓国人同志を募って、十二名で「断指同盟」を結ぶ。左手薬指の第一関節を切断し、国旗に「大韓独立」と血書し、伊藤暗殺の決意を固めた。この時、安は次の漢詩を詠んでいる。
益荒男は世に処し その志は大なり / 時代は英雄を作り 英雄は時代を作る / 天下を雄視して いつの日にか業を成さん / 東風はしばらく寒く 壮士の義は熱い / 憤慨一度すぎれば 目的は必ず成る(中略)
同胞よ速やかに 大業を成し遂げよ / 万歳万歳 大韓独立 / 万歳万歳 大韓同胞
 
 安重根は公判廷で、こう述べている。
「一九〇五年、日露戦争の際、日本天皇の宣戦の詔勅によれば、日本は東洋平和を維持し、かつ韓国の独立を期すために露国と戦ったので、韓国人はみな感激して日本人と同じように出陣して働いた者もあります。また韓国人は日本の勝利について丁度自国が勝ったもののように喜び、これによって東洋の平和は維持され、韓国は独立できるようになったと喜んでいました」
 しかし、我が国は明治十七年の甲申事変が失敗に終わったのを契機に、アジア諸国との連携を模索することを止め、欧米型の富国強兵国家に突き進む。翌明治十八年三月、福沢諭吉が「脱亜論」を発表する。曰く「悪友を親しむ者は共に悪名を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」
 日本に亡命中の朴泳孝はこの変化を敏感に感じ取っていた。明治二十四年、大院君宛の書簡にこう記している。
「近頃、日本政府および民間に甲乙の二派あり、甲は朝鮮の独立を助けて以て東洋の大勢を保たんと欲し、乙は朝鮮を侵略して清国と開戦せんと欲す。而して乙はすこぶる有力にしてまさに計策すでに成熟いたしおり候」

 日本政府は事件の重大性から死刑の速やかな執行を命じた。安は担当検察官に遺書とも言うべき『東洋平和論』を書き終えるために必要な時間の猶予と、死刑の時に身に纏う白絹の衣装一組を与えてくれるよう願い出た。
 明治四十三年三月二十六日、死刑執行。五ヶ月後の八月二十二日、日韓併合により大韓帝国は消滅した。
  地図の上に朝鮮国をくろぐろと墨を塗りつつ秋風を聴く      啄木
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