碑文
平成24年12月吉日札幌護国神社彰徳苑の南方地域戦死者慰霊碑建立の昭和22年ニューギニア・サルミから帰還された伊藤義顯氏を名誉会長に一般財団法人 藤美平和祈念財団が設立された。
当法人の目的は、先の大東亜で戦死した英霊の慰霊碑保存活動並びに次世代へ語り継ぐための指導者を育成することを目的とし、更に、日本伝統文化と歴史を終戦後より教育から除外するという誤った教育の改善を促す事を目的としている。
【北海道事務局】札幌市白石区菊水1-1-3-45 Fax011-811-1594
【東京 事務局】東京都台東区入谷1-16-10  Fax03-6802-3934
【問合せ事務局】事務局長(春日真弓)090-2870-5592
一般財団法人藤美平和祈念財団設立までの歩み
伊藤 義顯氏〈いとう よしあき〉大正5年9月27日生まれ、札幌市出身、藤美産業㈱ 社長、札幌商工会議所名誉議員、北海道神宮 札幌護国神社責任役員、札幌市体育振興会連合会会長など公職多数。93年勲6等単光旭日章受章。
当財団法人会長伊藤 義顯氏は旭川第七師団(北鎮部隊)に出征しニューギニア・サルミに配属され、空軍装備兵として滑走路の整備にあたった。しかし米軍のサルミ食糧基地破壊でジャングル生活を余儀なくされる。戦友が次から次とマラリア等で冒され亡くなって行く中、札幌米里で農家の子どもとして生まれ、剣道の道を歩んだ少年であった。その意気込みがあり生きて還る日を願いつつ、必死で毎日を繋いだのだった。ニューギニアに上陸した20万名の日本軍将兵のうち、生還者は2万名に過ぎなかったニューギニアから昭和22年10月に帰還を果たされました。戦友を思い、毎日の食を通常の半分に抑え、多くの戦友を弔うため平成21年10月南方地域戦死者慰霊碑を札幌護国神社彰徳苑に自費で建立されました。
前南方慰霊平和祈念講演実行委員会として発足したその経緯は、代表を務める音丸悠作久が終戦60周年の時まで遡ります。当財団法人副理事長を務める黒岩安紀子氏(キングレコード所属)が新曲「知覧の母」をリリース。この曲を知覧町で発表した事から始まったのです。以前より靖国神社奉賛会に縁を持った事で大きな関心があり、スタッフの一人として知覧での開催を支援。その時に、是非札幌での開催をと誓ったのであります。
それから7年が経ち、当財団法人設立評議員の河井清美氏と出会いがあります。河井清美氏のご主人は17年前に他界されておられますが某建設会社に勤務した時に遺骨収集で知られる江別市瑞巌寺住職津森逐道氏(著書:ほとけの涙)の支院建立に縁を持ち、13回忌の法要に頂いた本が切っ掛けでありました。
平成22年11月河井清美氏はご主人の恩返しとの思いで小規模な委員会を設置し、平成23年5月27・28日札幌と千歳で南方慰霊平和祈念講演コンサートを開催。札幌護国神社の厚いご支援を頂き札幌遺族会様はじめ、各メディア、北海道遺族会様のご後援を頂き日本伝統文化を継承している方々や黒岩安紀子氏、予備自衛官でありジャーナリストの佐波優子氏を招聘し亡き英霊に向けてメッセージを贈った。
その後、北千島慰霊碑の保存会、南方地域戦死者慰霊碑を建立した伊藤会長とのご縁を持ち、保存に今後の危機感があることから、委員会としての活動の一環として保存支援を行う事となりました。
平成24年10月13日札幌護国神社彰徳苑内南方地域戦死者慰霊祭を南方慰霊平和祈念講演実行委員会で挙行。その時に偶然にも同じサルミで戦死したご遺族とのご縁があり、38命の柱と戦艦扶桑乗組員全員の柱を納めさせて頂きました。
この委員会は次世代へと引き継ぐ大きな役割を担うことを痛感し、伊藤会長と共に多くの方々に大東亜戦争から 失った日本の文化、教育を伝える為にと一般財団法人藤美平和祈念財団として設立。
命とは、平和とは、日本の歴史と文化、文武両道とは、を柱に国を思い、家族を思い北方と南方に散った英霊や戦争の犠牲となった国民に少しでも誠を捧げたいと想う次第でございます。
平成25年1月
                                         一般財団法人藤美平和祈念財団
                                                 代表理事 音丸悠作久 
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