2012.12.16 乃木希典
岡田幹彦氏(日本政策センター主任研究員)講演会
講師レジメより
◎キリスト教文明を唯一絶対視する排他的な考えと人種的偏見に基づくコロンブスの西インド諸島征服(1492年)以来400年間にわたる欧米の有色人種に対する植民地を阻止しやがて終焉せしめる最大の契機となった歴史的偉業こそ日露戦争。この戦いこそ日本民族最大の誇りでなくて何か!
◎明治維新・日露戦争・大東亜戦争を貫く精神は一つ。欧米の有色民族支配に対する抵抗と反撃。日本は非西洋中唯一国の力でこの至難の大事業をやり遂げたのである。
◎世界のほとんどの国々の日本人に対する我々の想像をこえる畏敬と親愛の念はこの近代日本の歴史的偉業による。
◎日露戦争の勝利に東郷と共に最も尽力した乃木こそ主役中の主役、日本が世界に誇る至宝、世界遺産である。

乃木希典
最近読んだモーリス・パンゲ『自死の日本史』310頁「ある兵士」に
・・・・ただひとつ、彼には天から与えられるものではない唯一の才能、おのれがおのれみづからに与えるほかない、そしてその本性上、持とうと思えば自分の望むだけ持つことができる才能、つまり意思の力があった。すぐれた、まっすぐな意思。奉仕に専念し、個々の目的に執着するにはあまりにも崇高な意思。伝統のなかに個人の主体は消え、「私」はもはや一個人ではなく、万古の昔から伝わる精神の具現化した典型であるとされる。その伝統に、個人の目的がどうしてとって代わることができよう。乃木希典の偉大さは、ほかならぬこの意思的な自己の抹消、彼をしてもっとも純粋で、もっとも意思的、もっとも首尾一貫した死に至らしめるその自己抹消の徳性にこそ、由来するのである。・・・
316頁「やがて彼らは死ぬ、彼らはそれを知っている」
乃木希典夫妻
・・・・「彼らはやがて死ぬ、彼らはそれを知っている。だがとてもそんな風には見えない」(記号の帝国)と、ロラン・バルトは書いている。・・・・・
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切腹した大学生 2012.12.29
 昨年12月8日朝、石川県金沢市の石川護国神社で、22歳の金沢大生が切腹自決した。彼は北海道出身で金沢市に住む大学4年生、Sさんであった。警察が調べたところ、腹部と首に深い刺し傷があり、近くにはナイフと透明のビニールシートにくるまれた日章旗があった。
 Sさんはナイフで腹を十字に切った後、自ら頸(けい)動脈を切って自決したものと判明した。この日は小雨が降っており、国旗を濡らさないようにビニールに包んだものと思われた。彼は黒のスーツにワイシャツ姿で、靴は脱いでそろえておいてあり、同日未明に人知れず自決したものとみられた。
 彼が切腹した場所は、護国神社の境内でも奥まったところにある清水澄博士顕彰之碑の前であった。清水博士は慶応4年、金沢市の出身、東京帝大出身の憲法学者で、大正天皇、昭和天皇に憲法を講義したこともあった。その後、枢密顧問官などをへて、昭和21年から最後の枢密院議長を務めた。戦後の新憲法施行に反対し、施行の年の昭和22年9月25日、「幽界より国体護持と皇室安泰、今上陛下の御在位を祈願す」との自決の辞を残し、静岡県の熱海の海岸で投身自殺をした。その後、出身地の石川護国神社境内に顕彰之碑が建てられた。
 昨年の12月8日は、昭和16年12月8日の大東亜戦争(太平洋戦争)開戦から70年。Sさんは大学で安全保障問題ゼミに属し、日頃、ゼミ仲間らに、日本の安全保障の在り方について、熱っぽく語っており、自決のかなり前から、政府がきちんとした安全保障政策をとらないことに絶望する発言をしていたという。
 彼が自決した前年には、中国の漁船が尖閣諸島の領海で海保の巡視船に衝突、民主党政権が船長を釈放してしまうという失態を演じており、領土問題があらためてクローズアップされていた。
 この事件は大学生の単なる自殺事件として処理され、地元メディア以外はほとんど報道されなかった。だが、平成生まれの青年が、日本の安全保障政策に絶望して、切腹という手段で死を選んだ意味は決して小さくない。
 小雨降る中、暗い神社の境内で、靴を脱いで正座し、人知れず十字に切腹して頸動脈を切るというのは、なまなかな覚悟ではできない。これは国家、政府、国民に対する諫死(かんし)であり、憤死でもあろう。一周忌に当たり、あえて記した。(
編集委員 大野敏明:産経ニュ-ス)

当時の民主党政権に対する憤死であり、この義憤をマスコミが報道しないのが”マスゴミ”の所以である。
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