2014.08.26 石破辞退
石破とは
第二次世界大戦の時に日本の戦争指導者たちは、何も知らない国民を戦線に駆り出し、間違った戦争をした。だから私は靖國神社を参拝しない。あの戦争は間違いだ。多くの国民は被害者だ。

 日本には南京大虐殺を否定する人がいる。三十万人も殺されていないから南京大虐殺そのものが存在しないという。何人死んだかと大虐殺があったかは別問題だ。

 日本には慰安婦についていろいろな見解があるが、日本軍が関与していたことは間違いない。

 日本人が大東亜共栄圏の建設を主張したことは、侵略戦争に対する一種の詭弁だ。

 日本は中国に謝罪するべきだ。

 2008年8月、中共系の新聞「世界新聞報」のインタビューに、石破氏が現職の防衛大臣として発言していたのだ。
福島瑞穂
捏造反日利得者を糾弾すべし!!!
週刊新潮
週刊新潮7月3日号
2014.08.19 良い話
知っておきたい話 草鹿任一とアーレイ・バーク
  進駐軍の重鎮であったアーレイ・バーク大将は草鹿任一(くさかじんいち)中将率いる帝国海軍とソロモン海戦で激しく戦った敵同士でした。
  終戦後間もなく、60歳にもなる草鹿が鉄道工事現場で人夫として身がやつれるほど働いていることを知り、バークは草鹿に缶詰などの食糧を送りました。
  すると草鹿は「負けたとはいえアメリカ人からこんなものを貰うのは日本人として恥だ」と食糧を突き返したのです。
  バーグも「自分も草鹿の立場であればそうするに違いない」と思い直し、このことで草鹿に大きな敬意を払い、それが契機となって親交を深めるようになりました。
 その後、草鹿はバーグを靖国神社に招き、ラバウルで亡くなった兵士の遺族との会合の場を設けたのです。
 草鹿を通して日本人に敬意を抱くようになったバーグは日本海軍再建に尽力し、「海上自衛隊創設の父」と呼ばれました。その貢献でバーグは天皇陛下から叙勲されました。
 バークは生涯の中で自国アメリカや諸国から多数の高位勲章を受けていましたが、バーグの葬儀ではバーグの遺言により、遺体の軍服の胸には日本の勲章ただ一つだけが付けられていました。
 平成23年、東日本大震災で、米軍のトモダチ作戦に参加した空母ロナルド・レーガンの艦長はバーグ大佐でありました。彼はアーレイ・バーグ大将の孫なのです。
 日本が危機に瀕していた時に日本を救助していたのがバーグ大将の孫であるというのは、これは単なる偶然の一致でしょうか。【さくらの花びらの「日本人よ、誇りを持とう」】より転載
「日本人に深くお詫びしたい」原爆開発者オッペンハイマーは自死した…日本の「原発」生んだのは米物理学者たちの「原爆贖罪意識」だった(産経Web2014.8.17 07:00)
原爆投下
昭和20年8月9日、長崎上空に上がったきのこ雲。米軍B29爆撃機「ボックスカー」による原爆投下から3分後に撮影された。原爆を開発した米科学者たちは自責の念に駆られたという(AP=共同)
湯川博士のノーベル賞受賞の陰に
 前回、「8月15日」の意義についてお話ししましたが、日本の敗戦を決定づけた広島、長崎への原爆投下に関して、日本ではあまり知られていない史実があります。今回は小筆がアメリカ在住時に耳にした秘話を披露したいと思います。
 広島、長崎の悲劇を生んだ原爆を発明したのは、オッペンハイマーやアインシュタインほかユダヤ系化学・物理科学者たち(ナチスから逃れ米国へ移民した学者たち)によるマンハッタン計画でしたが、当初の“ナチスドイツ殲滅・ヒットラー必殺の目標”が、想定外に早く訪れたヒットラーの自死とドイツの降伏(5月)で、実験と投下のタイミングを失したのか、ウランとプルトニウムという二種類の核爆弾の準備を万全に整えるのに遅れたのか(7月に実験成功)、おそらくこれらの理由により、5月以降も応戦を続けていた日本に振り向けることになったそうです。
 後になって、このことを知らされ、しかも人体実験も狙った2種2弾で、何と20数万人もの日本人非戦闘民間人を被爆即死させてしまったことが分かり、関与した多くの科学者たちは自責の念に駆られました。研究室を離れたり、ノイローゼにさいなまれたり、核の平和利用を訴える活動に転じたり…。オッペンハイマーにいたっては「日本人に深くお詫びし、死をもって償いたい」と自死を遂げました。
 こうした背景もあって、米国の原子物理学者のうちノーベル賞受賞候補者たちの多くが受賞を辞退し、代わりに、日本の湯川秀樹博士(の中性子論)に与えてほしいと陳情を繰り返したのだそうです。日本人初のノーベル賞は、核爆弾開発者達の贖罪意識がもたらせたものだったといわれたゆえんでしょう。そして、日本の降伏がもう三カ月早かったなら、原爆投下は避けられたともいえます。
日本での原発建設は米国良識派の活動の延長戦上にあった
 付言しておきますと、こうした米国の良識派で自責感の強い学者や平和主義者、一部政治家などの「原子力の平和利用」「核兵器抑止」活動の延長線上に、唯一の被爆国であった日本がありました。日本は科学技術立国による経済成長途上にもあり、そうした倫理的・技術的ノウハウを含む支援も受けて実行に移されたのが、日本における原子力発電所建設だったのです。
 もちろん、資源なき日本の工業化推進のカギを握るエネルギー源の確保と、経済成長に伴う人口移動で過疎化する地方に原子力村を造成することで、一石二鳥を狙った政治戦略もあったのです。ましてや、東西冷戦時代、中国やソ連・北朝鮮の核保有に相対する米国にとって、さらには共産圏発の核や原発の世界への拡散(特に、技術的未熟かつ低レベルの原発が及ぼす危険性の増大)を抑止するためにも、日米の技術連携が不可避であったことも忘れてはなりません。
2人の元首相の妄言に踊らされるな
 さて、その原発は3年前の3・11以降、次々と火を消し、現在、電気料金の値上げが相次いで企業の成長戦略を阻害し始めており、家計負担も増えています。この夏の電力不足と老朽火力発電機の故障・事故の恐れも叫ばれている折、国家の総力を挙げて、停止中の原発の安全確認を急ぎ、逐次再稼働させるべきではないでしょうか。
 電力会社9社のうち、黒字経営が中電、北電の2社しかない現状は国家的危機です。そろそろ、福島事故から惹起された過大過敏な反原発運動家の虚言から目覚めてほしいものです。福島はあくまで“水素爆発”であって、チェルノブイリやスリーマイルの事故と比べると、放射能漏れの絶対値は「微弱」なレベルだったことは、死者ゼロ・発病ゼロの事実が物語っております。現時点での福島の放射能数値がすでに安全範囲であることは、多くの生理医学者も認めています。
 こうしたことを、マスコミは世間に広める義務があるのではないでしょうか。いつまでも恐怖をあおり、腫れ物に触るような暴論はやめ、ウランの処理と再利用技術の先端的進化ぶりをもっと報道・解説することで、小泉純一郎・細川護煕両元首相が唱える論議が、一昔も二昔も古い妄言であることを立証すべきです。(上田和男)

(玉音放送)
慰安婦問題、「吉田証言」に踊った人たち 阿比留 瑠比
朝日新聞が5、6両日にわたって朝刊に掲載した同紙の慰安婦報道の検証記事を興味深く読んだ。朝日の検証は中途半端で言い訳じみた内容ではあったが、韓国・済州島で女性を強制連行したと証言した吉田清治氏に関する記事(少なくとも16本)を取り消したことには一定の意味がある。

もちろん、吉田氏を「職業的詐話師」と呼ぶ現代史家の秦郁彦氏がすでに平成4年3月に済州島で現地調査を行い、虚偽性を指摘してきた話であり、遅きに失した点は否めない。

読売新聞の6日付社説「『吉田証言』ようやく取り消し」は、次のように朝日の姿勢を批判した。

「疑問が指摘されながら、20年以上にわたって、放置してきた朝日新 聞の責任は極めて重い」

とはいえ、間違いを改めないよりははるかにマシである。秦氏は6日付朝日に寄稿し、こう書いている。

「前回の検証(1997年3月31日)では吉田証言に関して『真偽は確認 できない』と抑え気味だったが、今回は『虚偽だと判断し、記事を取り消します。当時、虚偽の証言を見抜けませんでした』と改めた。

謝罪の言が ないことに不満の人もいようが、画期的だと評価する人も多かろう」

吉田氏のことを「腹がすわっている」などと持ち上げ、国内外に広めた朝日がその証言を否定したのだから、今後は吉田証言に依拠して慰安婦強制連行説を唱える論者はそうそう出てこないだろう。

それにしても慰安婦問題を考えるとき、吉田証言に食いつき、これを利用して日本たたきを展開した識者の多さに気が遠くなる。

吉田氏は、慰安婦募集の強制性を認めた平成5年の河野談話作成時には政府のヒアリング(聞き取り)対象となったし、国連人権委員会(当時)に提出され、慰安婦を「性奴隷」と認定した8年の「クマラスワミ報告」でも引用されている。

日本に批判的なオーストラリア人ジャーナリスト、ジョージ・ヒックスの事実誤認の多い著書「慰安婦」でも、参考文献として吉田氏の本が記載されている。4年7月の日本弁護士連合会人権部会報告でも吉田氏の著書が引用された。

韓国政府も、同年7月の「日帝下軍隊慰安婦実態調査中間報告書」で吉田氏の著書を強制連行の証拠として採用しているのである。

社民党の福島瑞穂前党首らとともに、韓国で対日賠償訴訟の原告となる元慰安婦を募集し、代理人を務めた高木健一弁護士に至ってはこれとは別の裁判で吉田氏を2回、証人として招いて証言させた。

民主党の仙谷由人元官房長官の大学時代からの友人でもある高木氏は著書「従軍慰安婦と戦後補償」(4年7月刊)で、吉田氏の法廷証言を26ページにわたって紹介している。その中で高木氏は、こう吉田証言を称賛している。
「その証言は歴史的にも非常に大きな意義がある」
「戦時における日本の社会全体がいかに正義と不正義の分別さえ全くできなくなっていたか、その異常な状況を証明して余りある」
朝日をはじめ、当時の言論空間がいかに事実と虚構の分別さえ全くできなくなっていたかが分かる。
当の吉田氏は8年の週刊新潮(5月2・9日合併号)のインタビューでこう開き直っていた。
「事実を隠し、自分の主張を混ぜて書くなんていうのは、新聞だってやっている」
吉田氏は自身の創作話に裏付けもとらずに飛びつき、論調が合うからと恣意(しい)的に垂れ流した新聞報道などのあり方を、実は冷めた目で見ていたのかもしれない。(政治部編集委員)産経【阿比留瑠比の極言御免】 2014.8.7より
2014.08.06 わすれまじ
    原爆投下は戦時国際法違反行為!
広島原爆投下
  
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