靖国神社参拝を終え安倍首相談話
(26日午前11時53分)
首相参拝

「恒久平和への誓い」

 本日、靖国神社に参拝し、国のために戦い、 尊い命を犠牲にされた御英霊に対して、
哀悼の誠を捧(ささ)げるとともに、尊崇の念を表し、 御霊(みたま)安らかなれとご冥福をお祈りしました。
また、戦争で亡くなられ、靖国神社に合祀(ごうし) されない国内、及び諸外国の人々を慰霊する鎮霊社にも、 参拝いたしました。

 御英霊に対して手を合わせながら、 現在、日本が平和であることのありがたさを 噛(か)みしめました。

 今の日本の平和と繁栄は、今を生きる人だけで 成り立っているわけではありません。
愛する妻や子どもたちの幸せを祈り、 育ててくれた父や母を思いながら、
戦場に倒れたたくさんの方々。 その尊い犠牲の上に、私たちの平和と繁栄があります。

 今日は、そのことに改めて思いを致し、 心からの敬意と感謝の念を持って、参拝いたしました。

 日本は、二度と戦争を起こしてはならない。
私は、過去への痛切な反省の上に立って、そう考えています。 戦争犠牲者の方々の御霊を前に、今後とも不戦の誓いを 堅持していく決意を、新たにしてまいりました。

 同時に、 二度と戦争の惨禍に苦しむことが無い時代を つくらなければならない。
アジアの友人、世界の友人と共に、世界全体の平和の実現を 考える国でありたいと誓ってまいりました。

 日本は、戦後68年間にわたり、自由で民主的な国をつくり、ひたすらに平和の道を邁進(まいしん)してきました。
今後もこの姿勢を貫くことに一点の曇りもありません。
世界の平和と安定、そして繁栄のために、国際協調の下、今後その責任を果たしてまいります。

 靖国神社への参拝については、残念ながら、政治問題、外交問題化している現実があります。

 靖国参拝については、戦犯を崇拝するものだと批判する人がいますが、 私が安倍政権の発足した今日この日に参拝したのは、 御英霊に、政権1年の歩みと、二度と再び戦争の惨禍に 人々が苦しむことの無い時代を創るとの決意を、お伝えするためです。

 中国、韓国の人々の気持ちを傷つけるつもりは、全くありません。靖国神社に参拝した歴代の首相が そうであった様に、人格を尊重し、自由と民主主義を守り、中国、韓国に対して敬意を持って友好関係を築いて いきたいと願っています。

 国民の皆さんの御理解を賜りますよう、お願い申し上げます。


参拝はいつ?”今でしょ!”
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【併合時の日本政府から朝鮮総督府への通達】を読み返す! 注:併合⇒合邦

一、朝鮮人は対等の関係を結ぶという概念がないので、常に我々が優越する立場であることを認識させるよう心がけること。

二、朝鮮人には絶対に謝罪してはいけない。勝利と誤認し居丈高になる気質があり、後日に至るまで金品を強請さるの他、惨禍を招く原因となる。

三、朝鮮人は恩義に感じるということがないため、恩は掛け捨てと思い情を移さぬこと。

四、朝鮮人は裕福温厚なる態度を示してはならない。与し易しと思い強盗詐欺を企てる習癖がある。

五、朝鮮人は所有の概念について著しく無知であり理解せず、金品等他者の私物を無断借用し返却せざること多し。殊に日本人を相手とせる窃盗を 英雄的行為と考える向きあり、重々注意せよ。

六、朝鮮人は虚言を弄する習癖があるので絶対に信用せぬこと。公に証言させる場合は必ず証拠を提示させること。

七、朝鮮人と商取引を行う際には正当なる取引はまず成立せぬことを覚悟すべし。

八、朝鮮人は盗癖があるので金品貴重品は決して管理させてはいけない。

九、朝鮮人には日常的に叱責し決して賞賛せぬこと。

十、朝鮮人を叱責する際は証拠を提示し、怒声大音声をもって喝破せよ。

十一、朝鮮人は正当なる措置であっても利害を損ねた場合、恨みに思い後日徒党を組み復讐争議する習癖があるので、最寄の官公署特に 警察司法との密接なる関係を示し威嚇すること。

十二、朝鮮人とは会見する場合相手方より大人数で臨む事。

十三、朝鮮人との争議に際しては弁護士等権威ある称号を詐称せる者を同道せる場合がある。権威称号を称する同道者については関係各所への身元照会を徹底すべし。

十四、朝鮮人は不当争議に屈せぬ場合、しばしば類縁にまで暴行を働くので関係する折には親類知人に至るまで注意を徹底させること。特に婦女子の身辺貞操には注意せよ。

十五、朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと。証拠を挙げ大音声で論破し沈黙せしめよ。

十六、朝鮮人との係争中は戸締りを厳重にすべし。仲間を語らい暴行殺害企てている場合が大半であるので、呼出には決して応じてはならない。

※最後から二番目の「朝鮮人の差別、歴史認識等の暴言に決して怯まぬこと」というのはまさに現在の状況です
2013.12.08 12月8日
「鮮明な冬」   高村光太郎

黒船以来の総決算の時が来た 民族の育ちが それを可能にした

長い間こづきまわされながら なめられながら しぼられながら

仮装舞踏会まであえてしながら 彼らに学び得るかぎりを学び

彼らの力を隅から隅まで測量し 彼らのえげつなさを満喫したのだ

今こそ古にかへり 源にさかのぼり 一瀉千里の奔流となり得る日が来た

われら民族の此の世に在るいわれが はじめて人の目に形となるのだ

ひよどりが鳴いている 冬である 山茶花が散っている 冬である

だが昨日は遠い昔であり 天然までが我にかえった鮮明な冬である

ミズリー

「十二月八日」   高村光太郎            

記憶せよ 十二月八日 この日世界の歴史あらたまる

アングロサクソンの主権 この日東亜の陸と海に否定さる

否定するものは彼等のジャパン 眇たる東海の国にして

また神の国たる日本なり そを治しめたまふ明津御神なり

 
世界の富を壟断するもの 強豪英米一族の力 われらの国に於て否定さる

われらの否定は義による 東亜を東亜にかえせというのみ

彼等の搾取に隣邦ことごとく痩せたり われらまさにその爪牙を摧(くだ)かんとす

われら自らの力を養いてひとたび起つ 老弱男女みな兵なり

大敵非にさとるに至るまでわれらは戦う

世界の歴史を両断する 十二月八日を記憶せよ



開戦の報に接して太宰治は短篇「十二月八日」のなかに次のように書いた。

「早朝、布団の中で、朝の支度に気がせきながら、園子(今年六月生まれの女児)に乳をやっていると、どこかのラジオが、はっきり聞こえて来た。

『大本営陸海軍部発表。帝国陸海軍は今8日未明西太平洋において米英軍と戦闘状態に入れり。』

しめきった雨戸のすきまから、まっくらな私の部屋に、光の射し込むように鮮やかに聞こえた。2度、朗々と繰り返した。それを、じっと聞いている裡に、私の人間は変わってしまった。

強い光線と受けてからだが透明になるような感じ。あるいは、聖霊の息吹を受けて、つめたい花びらをいちまい胸の中に宿したような気持ち。日本も、けさから、ちがう日本になったのだ」

ほとんどの国民がそういう爽快感を抱いた。後知恵で軍部に騙されたなどとする戦後進歩的文化人の史観は嘘でしかないのだ。