11月30日に、日本の日韓議員連盟と韓国の韓日議員連盟の合同総会がある。
そのなかで、議題の一つとして、日韓オリンピック相互協力について話し合われる(夕刊フジH23年10月23日号)。
韓国は、平昌での冬季オリンピックが決定したが、資金と技術がなく、その開催が危ぶまれている。
日韓オリンピック相互協力といっても、韓国は、日本から金を借りて返さない、いつもどうりの手法を狙っている。聞くところによると、日韓共催のサッカーワールド カップの時に日本から300億円の金を借り、いまだに返済が無いそうだ。借金踏み倒しは、韓国のお家芸だ。そこで我々はデモやメール、FB,などあらゆる媒体、機会を通じてこう言おう、
『韓国は、日本から返すつもりの無い金を借りて、冬季オリンピックをやるのをやめろ』と。
皆さんがこのメールを拡散することも大事です。そしてあらゆる機会に叫んで下さい。
「韓国は、金が無いのに日本から金を借りて冬季オリンピックをやろうとしている。そして、借りた金は借りる前から返すつもりが無い。」と。
見栄っ張りな韓国人がどう反応するか、それは我々の動き(拡散)次第だろう。(TK生)
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成25年10月24日(木曜日)通巻第4050号(読者の声3)より 
慰安婦で寝た子起こしたのは誰
秦 郁彦

慰安婦問題が米国や国連を巻き込み、こじれにこじれた禍根は、いわゆ
る河野談話(1993年8月)にあると言ってよい。

 ≪「冤罪」演出した河野談話≫
日本語特有の曖昧な表現を英訳に際し「整形」したこともあって、国際
社会には「官憲等が直接これ(甘言、強圧による募集)に加担したこと
も」のくだりは強制連行を、「慰安所における生活は強制的な状況の下で
の痛ましいもの」の部分は性奴隷状態を、日本政府が認めたものと受け取
られてしまった。

後に河野洋平元官房長官は「軍や官憲が慰安婦を強制連行したことを示
す」公文書や証言は見つからなかったが、直前にソウルへ派遣した調査団
による元慰安婦16人の聞き取りが主な根拠だと弁明した(97年3月31日付
朝日新聞)。

この聴取記録は20年にわたり非公開とされてきたが、10月16日付 産経新
聞がスクープ報道した。「ずさん調査」「氏名含め証言曖昧」「河 野談
話 根拠崩れる」のような見出しでおよその中身が知れよう。通読し た
私は「すでに強制性を認め謝罪に徹する気になっていた河野氏にとっ
て、聞き取り調査は国民向けの形式行事にすぎなかった」とコメントした。

つまり、河野氏はやってもいない犯行をやりましたと自白する冤罪(え
んざい)事件を演出したわけである。

だが、河野氏や宮沢喜一内閣が卑屈なまでの弱気に陥ったのには、それな
りの要因もあった。傍証は少なくとも2つある。1つは孔魯明駐日韓国大
使が直前の7月14日の記者会見で、「元慰安婦の名誉回復のために、強
制連行だったと日本政府が認めることが第一条件」と牽制(けんせい)し
たことだろう。

もう1つは来日した当時の盧泰愚大統領が浅利慶太氏との対談で「(慰
安婦問題は)実際は日本の言論機関の方がこの問題を提起し、我が国の国
民の反日感情を焚(た)きつけ、国民を憤激させてしまいました」(『文
芸春秋』93年3月号)と語った背景事情である。

 ≪大騒ぎにした元凶の面々は≫
特に後者は、寝た子を起こして大騒ぎに仕立てたのは、韓国側ではなく
日本側だったと率直に指摘したもので、当時の空気を知る日本の識者で
「その通り」と賛同する人は少なくないだろう。私が「ビッグバン」と呼
ぶ92年1月の発端までさかのぼり、日本人が要所を狙って仕掛けた策動
の例を挙げてみる。

 〈朝日の「虚報」〉
92年1月11日付朝日新聞は1面トップで、吉見義明中央大学教授が 慰安
所に軍が関与していたことを示す旧軍資料を見つけたと報じる。国会 答
弁で厚生省は関与していないので資料がないと答えたのを国が「偽証」
したとこじつけ、他の大新聞も巻き込み、大騒動に発展させたのである。

翌日付朝日の社説は、挺身隊の名で強制連行され、日本軍人相手に売春行
為を強いられた、過ちを率直に償おうとの趣旨を主張、吉見教授は「謝罪
と補償を」と呼びかけた。5日後に訪韓した宮沢首相はデモ隊に囲まれ動
転したのか、盧大統領に8回も謝罪を繰り返す。

91年12月、慰安婦第1号とされる金学順氏らを立てて、東京地裁に提 訴
した高木健一弁護士を筆頭に、日本人弁護士グループは韓国、中国、
フィリピン、インドネシアなどで慰安婦を捜し出し、次々に提訴させた
が、すべて敗訴となった。支援運動を盛り上げるのが目的なので、勝敗を
気にする様子はない。

 〈吉田清治氏の詐話〉
戦時中に下関で労務調達に従事していた吉田清治氏が軍命令による済州
島での慰安婦狩りの体験を書いた著書(83年刊)は、韓国語にも訳され
た。著者の吉田氏は、強制連行の「生き証人」として国連の報告書にも紹
介され、朝日は5回も紙面に登場させている。

間もなく、慰安婦狩りは彼 の作り話と判明したが、本人は「事実を隠し
自分の主張を混ぜて書くのは 新聞だってやる」と開き直った。

 〈「性奴隷」の売り込み〉
日弁連の戸塚悦朗弁護士(後に神戸大学教授)は92年から国連人権委 員
会に張り付く形で活動して、同年2月には慰安婦を性奴隷(sex 
slave)と呼ぶよう働きかけ、国際社会にこのオドロオドロしい呼称
を定着させたと広言している。

≪河野氏は自ら談話の撤回を≫
こう見てくると、慰安婦問題で日本を現在のような窮地に追い込んだ責
任は先に例示した活動家とその支援組織、朝日などのマスコミ、そして、
彼らが連携して加える圧力に屈服した河野氏という政治家にあることは明
らかだ。

まさに「捕らえてみればわが子なり」だから、国民の怒りは持って行き
場がないのだが、愉快犯と見えなくもない「わが子」たちの動機を解明す
るのが先決だろう。

差し当たり河野氏に、自ら河野談話を見直し撤回してもらうのが望まし
いが、今になっても「アメリカは見直しには納得しない…という警告を発
している」(『中央公論』8月号)と逃げ腰だから、見込みはないのかも
しれない。(はた いくひこ・現代史家)

産経ニュース【正論】2013.10.23
伊勢神宮
臨時祭主の黒田清子様
文字色「GHQ焚書図書開封」読書メモ(1)平井 修一
西尾幹二著「GHQ焚書図書開封 - 米占領軍に消された戦前の日本」を読み始めた。これまでに第7巻まで刊行されているが、ネットで検索したところ、その要約や抄録はないようなので、メモという形で内容のごく一部のエッセンスを伝えたいと思う。とりあえず第1巻の最初にある「焚書」の概要について。

■GHQ(連合国軍総司令部)は昭和21年(1946)、昭和3年(1928)1月1日~昭和20年9月2日に日本で発行された出版物のうち、7769点を「没収宣伝用刊行物」に指定した。没収=焚書である。GHQの昭和21年(1946)3月17日付の指示により実際に没収したのは日本政府である。没収は昭和27年(1952)の占領終結まで続けられた模様だ。

■焚書する出版物は書店や出版社などの公共ルートから没収され、図書館や個人宅の本は除かれた。焚書リストの作成には日本政府の指示で東京大学の助教授である尾高邦雄、金子武蔵、東京帝国大学法科教授を退官していたカリスマ的法学者の牧野英一、帝国図書館(現・国会図書館)員らがかかわった。牧野英一はGHQによる公職追放にも協力した。

■没収にあたったのは当初は警察だったが、文部省に移管され、都道府県知事の任命する没収官が、必要ならば警察の協力を得て行った。罰則を設けて抵抗できないようにした。没収は秘密裏に行われたが、口外しても罰則はなかったのに日本人は焚書に口を紡ぎ、その事実を忘却した。

■焚書リスト作成の見本となったオリジナルの出版物の多くは米国へ移送された模様だが、没収を免れた私宅などの本や隠匿された本は後に古本屋などに出回っていた。国会図書館にその多くは実在しているというが、閲読は容易ではないようだ。(小生が調べたところ焚書のひとつ、谷口勝著「征野千里」の現物は閲覧できない。デジタルデータは国立国会図書館の館内でのみ閲覧できるが、セルフコピーはできない。他の焚書図書も同様だろう)

■戦意形成期の17年間の歴史を日本人の前から消した焚書は、占領軍が侵略国を打ち負かしたというお伽話的「日本罪悪史観」を広めるために必要だった。やがて「米国が日本に民主主義を与えて再生させた」という迷信に日本人は完全に支配されて、知的階級を筆頭に昭和23、24年の頃には「米国万歳」になっていった。

■西尾先生曰く、「(焚書に)協力させた加害者も協力した被害者も恥ずべきことをしているのだと承知していて、素知らぬ顔をして犯行をつづけた。焚書は魂を売る行為だ。

日本は戦争に敗れたが、焚書される理由はまったくない。一国の政治的、思想的、歴史的、文明的、道徳的、軍事的、外交的、宗教的な生きる根拠を、他民族から裁かれる理由はない。

戦前、戦中の自分の主張的立場を他人に言われて否定したのは間違い、失敗だった。焚書されて本がなくなったために、戦後を“自分でなくて”生きている事実にすら気が付かなくなってしまった。

自分を取り戻すために、目の前から消されてしまった本を取り戻すことから始めなくてはならないのだと考えて、この仕事に起ち上がった」。
以後、折に触れて紹介していきたい。(2013/09/26)

※わたなべ りやうじらうのメイル・マガジン「頂門の一針」より転載
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