売春婦⇒戦時売春婦⇒慰安婦⇒従軍慰安婦の『屁理屈』には歴史の真実を!!

  敗戦国日本が第二次世界大戦後今日現在まで続く戦勝国の世界秩序を打破するには、我国の終戦利得者と共に多民族共生主義者が掲げる“人権”について語るべき資格ある国は建国以来の『道義国家』である我が日本だけであるを自覚するのが第一歩。

  第一次世界大戦(1914~1918)後のパリ講和会議(1919年ベルサイユ宮殿にて)の国際連盟(1920~)委員会において、日本が人種差別の撤廃を明記するべきという人種的差別撤廃提案(Racial Equality Proposal)したのである。
  当時イギリスの自治領であったオーストラリアやアメリカ合衆国上院が強硬に反対し、ウッドロウ・ウィルソンアメリカ合衆国大統領の裁定で否決された。国際会議において人種差別撤廃を明確に主張した国は日本が世界で最初である

  米国では歴史からみればつい最近の1970年代始めまで「公民権運動」がくすぶり続けていたのです。厚顔無恥な輩ですね。

  彼らは『歴史修正主義者』と叫ぶであろうが、うしろめたい歴史の真実を世界に堂々と発信すべき。特に政治家は中途半端な発言は慎むべき、揺るぎない事実を示して語れ!
5月29日は、昭和18(1943)年に、アッツ島守備隊が玉砕した日です。
アッツ桜
アッツ桜
ドミニック・ヴェネールの自決と三島由紀夫
竹本忠雄氏から緊急寄稿
 去る5月21日、午後4時頃、パリのノートルダム大聖堂の中で、著名なフランス人作家、ドミニック・ヴェネール氏が、「同胞を惰眠から目覚ませんとして」ピストル自殺を遂げた。日本の新聞では単に「極右の作家が自殺した」の1行で片付けられたにすぎないが、その背景は文明論的に深い。誰よりも彼は「日本の三島」を尊敬していた。
そのことは彼の主宰するポピュラーな『新歴史評論』(NRH)誌をつうじて表明されたことがあったし、またそれは、たしか、この「早読み」ブログにも紹介されたように思われるので、われわれとはまったく無縁というわけではない。よって、以下、事件を略記して伝えたい。

 事は、1500人の参詣者の詰めかけた大聖堂内の祭壇前で起こった。78歳の老作家はベルギー製のピストルで口腔内を打ち抜いて果てた。祭壇前のテーブルに1通の遺書が見つかった。騒然とする群衆を退去させ、憂国まで大聖堂を閉鎖するなか、大司祭が駆けつけて遺書を開くと、こうあった。
 「私は心身ともに健全、かつ妻子を愛する者だが、我が祖国ならびにヨーロッパの危機甚大なるを見て、一身を捧げて同胞を惰眠より覚醒せしめんと欲する。悠遠の昔より民族の至聖の場であったパリのノートルダム大聖堂を死に場所として選ぶ…」
 このような書き出しで、次に自決の理由が述べられているが、やや抽象的で一般には分かりつらい。最後に、詳しくは最近の拙著、並びに遺著を参照せられたいとして、この遺著の名を挙げている。『西洋のサムライ――反逆者血書』(Un Samourai d'Occident. Le breviaire des insoumis)とでも訳せようか。

 自決の前々夜、5月21日にヴェネール氏が自分のブログに発表した声明も公表された。
そこには死の理由について、「我らの抗議は、単に同性婚への反対に留まらず。フランスならびにヨーロッパの民族大置換という真の文明的危機に抗するものなり」と記されている。
「民族大置換」とは、「フランス国民を外国人によって大がかりに入れ替えること」を意味する。第三国人の大量移入、子沢山による生活保護増大、財政逼迫は、キリスト教信仰と文化的独自性の喪失とも結びつき、多年、フランス国民の危機感と憤懣をつのらせてきた。この5月18日に布告されたばかりの「同性結婚法」だけでも、いま、国論を両断し、沸騰させている。「第1回ゲイ・プライド」集会が5月25日以後、トゥール市、ディジョン市と広がりつつある一方、これに抗して26日には数十万規模の反対デモがパリを中心に展開されている最中なのである。

 日本の大新聞は、こうした事変の更に奧にある西洋文明の恥部について、まったく把握の努力がなされていない。ここでは、2001年5月に、「タウビア法」が施行され、アフリカ黒人に対する奴隷制を「対人類犯罪」として断罪したこと、それに悪乗りする形で「同性婚」も法制化されるに至ったことを記すに留める。
さらに云えば、ここに云う「対人類犯罪」は、東京裁判で日本を断罪したのと同じコンセプトであり、フランスではこれを事実無根の「南京大虐殺」にも当てはめようとした経緯のあることを喚起する必要があろう。現下のフランス社会の動乱は、「反日」の世界的現象とも見えないところで繋がっているのである。

 もう一つ、特に、内的な要因をも見過ごしならない。ドミニック・ヴェネールの遺書には、前記の6月刊行予定、『西洋のサムライ――反逆者血書』の出版社主としてP‐G・ルーの名が記されている。このルー氏が、著者自決後にAFP通信よりこう声明を発しているのだ。
 「ドミニック・ヴェネールは、武器研究の一人者であり、全11巻の『世界武器百科事典』の著者である。騎士道に強い憧憬を持ち、自決した作家、ドリユー・ラ・ロシェル、モンテルラン、三島由紀夫を尊敬していた。中でも、ノートルダム大聖堂を死に場所に選んだことは、その行為の意味を、1970年に自刃した日本の作家、三島に最も象徴的に近づけるものである」。
 武士の魂の宿る場として三島が選んだ自衛隊司令部と、祈りの中心、パリのノートルダム寺とでは、一見、まったく性質の相異なるものである。が、騎士の勇気と祈りがむすびついて騎士道が生まれた史実を考えるなら、自決者ヴェネールの心底が分からないでもない。
もちろん、「聖堂を穢した」との信徒の声も挙がってはいるが。大司教も、「彼は信徒ではない」と釘をさした。が、その日の夕祷において、「この死者の救霊のためにも祈りましょう」と述べているのが印象ふかかった。

 ドミニック・ヴェネールは、自らを「反逆者」として定義してきた男である。短い遺書にもこの語が4回も使われている。未成年の頃にアルジェリア戦争で、ドゴールの政府軍に敵対するOAS(秘密軍事組織)に加わって戦った。1962年、投獄中に著した『実践批評論』をもって、アルジェリア戦争後意気消沈した極右の指導原理を打ち立て、さらに「文化闘争」の旗幟を鮮明にして「新右翼」の創始者と仰がれた。
1970年、「三島事件」に接して発憤、運動を大躍進せしめて、2年後、フロン・ナシオナル(国民戦線)党の創設にあたってその党首候補に推された。実際に党首となったのはル・ペン氏だったが。現在はその娘、マリーヌ・ル・ペンが後を継いでいる。ちなみに、マリーヌは、ヴェネールの訃報に接して、「彼の自決はフランス国民を覚醒せしめようとした高度に政治的なもの」とのオマージュを呈している。
 
われわれ日本人にとっては、このような人物が如何にして日本の「ミシマ」に心酔するに至ったか、その内的プロセスは大いに興味ふかいところである。今度の事件にさいしてフランス中を出回っているブログの中には、ヴェネールが座右銘とした
 《死は、放射能となって、未来に対して働きつづける》
 という三島の言葉をエピグラフとして掲げたものが多い。
 実は、これは、彼が主幹である『新歴史評論』2007年7-8月号に載った彼と私の対話の中で私が伝えたものだった。彼は若い女性秘書をつれてパリ14区の拙宅にやってきた。そのとき、私は、ヴェネールに尋ねたものだった。
 「あなたがたフランス人は、なぜ、そんなにも三島に夢中になるのですか」と。
 「さあ、それは…」と彼は端正な顔を緊張させた。そして一言だけ、こう応じた。「それは、大問題だ…」
 私には、どうも、ドミニックの死が、行為をもってそのときの問いに答えようとしたもののように思えてならないのである。竹本忠雄
【「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成25年5月28日(火曜日)】
日本人(?)が竹島で「韓国のモノだ!」韓国人団体とシュプレヒコール!!
売国奴

▲左から久保井規夫(元桃山学院大学講師)、黒田伊彦(元大阪樟蔭女子大学講師)、一戸彰晃(青森県雲祥寺住職)。
「竹島は韓国のもの」と主張する日本人学者ら3人が23日、韓国の民族団体とともに竹島(島根県隠岐の島町)に上陸し、「独島(竹島の韓国名)は韓国の地だ!」と一緒に拳を振り上げて叫び、拍手喝采を浴びた。
一行には、韓国の民族学校「独島学堂」の関係者のほか、中国とモンゴルの留学生計19人も同行し、 太極旗を振り上げながら、「独島は韓国領だ!」と3度叫んだ。その後、独島(竹島)をバッグに全員で記念写真を撮影した。

「『竹島の日』を考え直す会」会員⇒「竹島の日反対」「平和憲法改正反対」

入国禁止でしょうね!
自らが持って無いが故に他に要求する破廉恥な輩ですね
”羞恥心”と云う言語の存在しない人達!!
”羞恥心”と云う言語を失いかけている先生達??


(読者の声1)政治家たちの「売春婦」発言が尾を引いて、永田町が揉めに揉めておりますが、なにを騒いでいるのですかね。米国では韓国の売春婦がデモ行進し「もっと売春をさせろ」と訴えているじゃありませんか。(HG生、群馬)   
(読者の声2)貴メルマガによる貴重な最新情報に接する幸運に感謝しています。近年、アジアの隣国は無論のこと、同盟国である筈のアメリカまでもが、捏造曲解されたままの従軍慰安婦問題を一方的に信じ込み、真実の見極めもなく、下院議会が「人道に反する」と議決した報道に接し、筆者は怒り心頭に発している。
 「売春婦=慰安婦」は、世界最古の職業と言われるものの一つである。
 世界中に「売春婦や売春街」の存在しない国が一つでもあるというのだろうか!
自国の歴史を紐解けば、江戸時代の爛熟期の「吉原」の存在が代表的なものだが、欧州・某国の「飾り窓の女」と称される色町はつとに有名だったではないか!
 売春は、法で禁じられていても、対価を支払って成立つ半ば公然たる存在のもの、売春婦の存在しない国が一つでもあるなら、口を大にした非難発言にも耳を傾けよう。
日本に「従軍慰安婦問題」を声高に迫る隣国(現・韓国)は、70年代まで政府公認の売春婦が存在していたことは紛れもない事実であり、望まぬ客に対しても強引に押し付けての売春が横行していた。日本の旅行社に積極的に売り込みさえ図っていたのも事実。
戦前・戦中の朝鮮半島(現・韓国&北朝鮮)が聖人君子の文明国家だったとは到底言えないだろう。枕元に便桶を用意して夜を過ごしていた当時の朝鮮半島の庶民感覚、若い女性の売春は生活手段の一つだったはずであり、それを利用して組織的に束ねていた朝鮮半島の男性たちが、日本軍の駐屯地の周辺に出張して半定着し、日本軍の移動に伴って追随し、共に移動していたのが実態であり、そのことを指して言うのであれば「従軍慰安婦」の呼称は間違いではないだろう。
だが、日本軍が引き連れて従軍を強要したかの如き表現は全くの間違いであり、言い掛りの誤解も甚だしいと謂わねばならない。実態は、彼らが勝手に日本軍について廻ったのが真実であろう。
日本軍には、彼らを従軍させて引き連れて移動出来るほどの余裕も時間もなかった。しかし、勝手な従軍であっても、性病の蔓延だけは放置できないことから、彼らに対して衛生面の健康管理に厳しい制約や指導をしていたのは事実に近いことと理解している。

<注>戦前生まれの筆者は、70年代(昭和40年代)に在日韓国人から韓国旅行に招待された思い出があるが、釜山に到着した初日に、現地のタクシー運転手から強引に売春婦を押し付けられた忌まわしい体験があり、予期せぬ出来事に遭遇した謂わば犠牲者の一人である。その時の状況をかいつまんで記述すれば、筆者と会社の同僚の二人(日本人)は、友人でもあった事業協力者(下請業者の在日韓国人=招待者)の立場もあるだろうと善意に解釈して従ったのだが、最初は鄙びた飲食店での小宴会に招かれて時間を潰され、気付いた時は、夜の八時を大幅に過ぎていた。その結果、旅行社が手配した中級ホテルを無断でキャンセルする事態になり、通常ならば、損害賠償の違約金を要求されるところであったが、下記の状況からそれは免れた。
当時の韓国(現・大統領の父上が大統領の独裁政権下)は戒厳令下で、夜9時以降の外出は厳禁で厳罰を覚悟しなければならない状況下、しかも、その日は、後の大統領・金大中氏が首都・東京で拉致された日と同じ日の出来事であり、有無を言わせぬお定まりの買春の強要で、ラブホテルとおぼしき処に案内された。この時、仮に拒否していれば、戒厳令下で放り出され立往生の憂き目にあっただろう。
結果的に、招待者の在日韓国人に任せる外なく、止む無くラブホテルに投宿せざるを得なかった。
3人別々の部屋に通され、やがて、若い女性が訪れ、たどたどしい日本語で自己紹介を始めた。女性は、身分証明書を見せ、首都・ソールの某女子大生であると堂々と名乗った。
身分証明書は、韓国政府当局発行(?)の写真付きのものだったが、真偽の程は分からない。一方的な押しつけ売春で、正直に吐露すれば、女子大生の猛烈なアタックに負けそうになったが、筆者は国際病の感染を恐れ、やんわりと断り続け、最後まで手出し出来なかった。「何もなかったら、後で怒られる」という女性をなだめるために、手土産のパンストを連れの3人分手渡してなだめ、ようやく納得させた。この時の費用は招待者の在日韓国人が全額負担した。
その翌日から、金大中拉致騒動のために散々な目に遭った。帰国するまでその一連の騒動を全く知らず、韓国の現地の実態に嫌気がさして、5日の旅程を3日が切り上げて帰国し、初めて拉致騒動を知らされた。
 韓国民は、自国民が聖人君子の如くに言い募る。朴・現大統領は一千年後も歴史認識は変わらないと発言しているが、自国の歴史をどこまで知っているのだろうか(?)と、疑念を抱かざるを得ない。朴大統領は、元寇(日本の鎌倉時代に、当時大陸を支配していたモンゴル帝国(元)、及び、その服属国家となった高麗王国(朝鮮半島)による日本侵略の事実)の時、元軍の道案内役を担い、二度に亘って行われ対日本侵攻の歴史の事実を認識しているのだろうか。
一度目は文永の役(1274年)、二度目は弘安の役、壱岐・対馬の住民の多くが虐殺され、九州の博多の街は焼き討ちされ、住民は虐殺されるという散々な目にあった事は紛れもない歴史の事実である。それでも日本は古い出来事は歴史の記述の範囲内に留めている。侵略された恥を知っているからである。
 朴大統領、並びに、韓国民はこの事実をどう考えているのだろうか。
 米国民は、現職大統領(当時)が執務室で部下の女性に秘めたる逸物を慰めさせていた事実を忘れたわけではないだろう。戦後の米軍の駐屯地周辺では、白人や黒人の混血児が大勢生まれているが、その事実を知らないはずはないだろう。
現在も、沖縄では現地女性に対する性的暴力が未だに後を絶たない。米国軍人の知能程度を疑うほどである。
米国下院議会で「捏造された従軍慰安婦問題」を「人道に反する罪」と決議しているが、米国の歴史は、「人道に反する罪」の積み重ねではないのだろうか?
日本に二発も原爆を投下した事実は、「人道に反する罪」ではないのだろうか?
日本の首都・東京、並びに、主要都市の大半を焼夷弾による絨毯爆撃で多くの一般市民を死に追いやった事実、ベトナム戦争での枯葉作戦による身体障害者が多く生まれている事実、イ・イ戦争を仕掛け開戦を仕向けた事実、アフガン戦争、イラク戦争の事実、旧くは、広大な北米の国土を原住民(インデアン)から奪い取った事実、これらは「人道に反する罪」には該当しないのだろうか?
他国を避難するには容易いものだが、自国の歴史を胸に手を当てて振り返ってもらいたいものである。(一読者)
「宮崎正弘の国際ニュース・早読み」平成25年5月20日(月曜日)より転載
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語るに落ちる反ヘイトスピーチ論
新大久保で在特会が行ったデモの際一部の参加者が過激な言葉を使ったということで、どうだのこうだのと非難する者達がいます。
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【 時事ドットコム 】
コリアンタウン排斥デモ、過激化=ヘイトスピーチに非難強まる
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201305/2013051100035&g=soc
「皆殺し」「国外追放」といった過激な言葉で在日韓国・朝鮮人を批判するデモが、東京・新大久保などのコリアンタウンで繰り返されている。海外には差別を助長するような主張を「ヘイトスピーチ(憎悪表現)」ととらえ、取り締まる国もある。日本国内にも「言論の自由の範囲を超えた」として規制を求める動きがあるほか、安倍晋三首相が国会で「極めて残念」と答弁するなど、非難する声が強まっている。
デモを主導するのは在日韓国・朝鮮人排斥を主張する「在日特権を許さない市民の会(在特会)」など。新大久保や大阪・鶴橋で開くデモは「韓国は敵、ゴキブリ」「朝鮮人は全員殺せ」などと叫び、ここ数年で過激さを増している。
沿道には「差別反対」「仲良く」と抗議する人も多いが、一部は「差別主義者を殺せ」と応酬し、デモ隊と衝突寸前になる事態も起きている。
在特会側は、抗議や規制を求める動きに「よりひどい海外の反日デモもある」と反論。「過激な表現は注目を集める手段。1万3000人に増えた会員数がその成果だ」とし、「見直しは検討するが、個人の声まで抑える気はない」とする。(2013/05/11-04:26)
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しかしそれは彼らが何故「過激な言葉」を口にするかを考えようとしないお粗末な主張です。
そもそも朝鮮は終戦を機に日本から独立し、日本人は朝鮮半島から引き上げてきたのですが、朝鮮人達は不法に居座り続けました。
そしてそれどころか、自らを「戦勝国民」と嘯き、戦後の混乱に乗じて悪の限りを尽くしたと言われています。
「言われています」という言い方をするのは政府が何らの手を打たなどころか調査もせず、風化を待っているとしか思えない態度を執り続けているからです。
そして更に朝鮮人達は多大の利権を不当に奪取し、不当な富を蓄えていると言われていますが、それに気がついた日本人の一部が怒りをぶつけ始めた訳です。
一昨年から頻発し始めたデモは侵入者の悪事に気がついた大衆の怒りの現れと言えます。
戦後の混乱期に財産を奪われた被害者が亡くなったりして風化しつつありますが、政府が調査をせず、従って保証もせず、日本全体が戦後の清算を終えないどころか手を付けてさえいません。
新大久保でデモを行った人達ですが、彼等はそのことに気づいた人達であることは彼らの日頃の発言からよく解ります。
その彼らを非難する輩達は在日特権を護持しようとする者たちの仲間なのでしょう。
そう言われたくなかったらすぐに調査に着手すべきです。デモが行われた新大久保からまず調査を始めたら良い。
朝鮮半島から出稼ぎに来た彼らがどうやって財産を作ったのか?資産形成過程を日本国民の前に明らかにして純日本人の疑問に答えるべきです。

語るに落ちる反ヘイトスピーチ論を語る者達こそ悪辣な人種差別主義者です。
【純日本人会 メルマガ 】
発行人 : 栗原茂男
純日本人会 http://www.junnihon.com/


靖国神社に祀られる246万6千余柱の英霊は、未だ侵略戦争の汚名を着せられたままでいる。
かって、南方の島々で戦った日本軍に援軍は来なかった。
ならば、今から援軍を送る。日本を変える援軍を送る。
あなた方の真実を、痛みを私たちは伝えていきます。
(ナレーションより)

【日 時】例会:毎月第一日曜日開催  例会:毎月第三日曜日開催     
【上映会 】13時00分 ~14時30分    18時00分 ~ 19時15分
【座談会 】14時45分 ~15時30分    19時30分 ~ 20時30分
【場 所】ア―クス菊水店2Fコミュニティ―ホール(駐車場無料)
                ※地下鉄東西線菊水駅6番出口 
【会  費】500円(学生無料)先着70名限定にて要事前予約
【申  込】事務局申込fax 011-811-1594
【主  催】一般財団法人 藤美平和祈念財団 (財団会員募集中)
【問合せ 】財団事務局:春日 090-2870-5592
    ※出前上映会も致しております。ご連絡は上記問合せ先へ
【後  援】札幌護國神社彰徳苑を守る会